ぜんぶ

ぜんせいぶつの文章

ロッテクランキーのCM、Diggy-MO'の使い方ヘタだったよね って話

大前提として私は、ここ数年の日清食品やマクドナルドがやってるSNSでバズっていくためのPRで、過去のコンテンツという資産が食い散らかされていることに大変心を痛めている。勝手に。

大前提として私は、平成一桁のガチの何かで、日清食品やマクドナルドのSNS上のPRでもろにターゲットにされている層であり、私個人の文化的な思い出がそれによって簡単に消費し使い捨てられていることに大変苛立っている、勝手に。

アテンションのエコノミーがどうたらこうたらで、SNS上で何かしらの数字をがっぽり稼ぐために、過去のコンテンツがミーム的に再注目される機会がくる前に、それらを掘り起こして消費し尽くす。それらのコンテンツを本当に大事に思っていた人たちは、嬉しくもあるだろうが、あっという間に次のネタ(PR)が公開され、ものすごい勢いで忘れ去られていくことに、心を痛めているかもしれない。私って優しい人だから、そういう心配をしている。勝手に。

巨大資本が先陣を切ってリバイバルの契機を作っているとも言えるし、そこに面白さ創造性がないとも言わない。別に今すぐやめろとも思ってない。今の社会環境を考えると、そのようなPRが試みなれることは必然なので、日清食品もマクドナルドも、別に悪くないとも言える。めっちゃがんばってて偉いとも言える。

そういう、前提の前提の大前提をふまえて言うと、ロッテクランキーのDiggy-MO'のCMはマジでクオリティが低くてがっかり。日清食品やマクドナルドって、すごいんだなと思わされた。

クオリティが低いと言っても、映像だったり出演者だったりが良くないという話でもなく、アプローチがぬるい、みたいな話。もっと露骨にアホっぽくないと面白くないし、そのうえ元ネタ様への敬意があることをアピールできてないといけない。

ロッテクランキーのCMは、「腕をふるだけの交通整備ロボとSOUL'd OUTの楽曲『ウィカピポ』のサビでDiggy-MO'がする振り付けって似てるよね」というしょーもない気の利かせ方をしたDiggy-MO'ロボが、首都高っぽい高架橋の上で腕をふっている。それだけじゃ、ちょっと今のユーザーに刺さらないと考えたのか、寂しいと思ったのか、その前で渡辺直美やHANAのメンバーが踊ってたりしてる。ちゃんと今の人たちのことを考えて、今の人たちに届くように作られている。
だからよくない。
(あと、Vtuberとか使ったりしてね、しょーもなかったね。ジョー・力一とかさ、しょーもな。八兆にそがなんだって。)

SNSでは、元ネタを知っている人たちが「俺これ知ってるwすげーw」と思えないといけないので、もっと露骨に無骨でいないと、そういう優越感を煽れない。そういう人たちがSNSで自慢げに解説してくれるので、むしろ過剰に分かりやすいとよくない。彼らがSNSで反応する機会を奪ってはいけない。

つまり、マクドナルドの最新のネット広告、アニメ『人造昆虫カブトボーグ V×V』を使ったPRが、そういう意味で優れいている、ということ。

実際に放送された『人造昆虫カブトボーグ V×V』のワンシーンを使って、キャストをそのままに新規にセリフを録り下ろすことで、露骨にアホっぽく元ネタ様へのリスペクトもアピールしつつ、元ネタ知ってる勢がこぞって反応し、話題にしてくれる。虚しいが、素晴らしくよくできている。

でも思うんだよね。カブトボーグっていう変なアニメあったよねって私たちが盛り上がるのは、これが最後なんだろうなって。巨大資本が、そういうタイミングを決めるんだなって。切ないよね。『Mixtape』より切ないと思う。

まあ別に、エンターテイメントは色んな力学が働いて、色んな事情が重なって、色んな色んながあるわけだから、こういうPRに限って特別にそう考えることもないのかもしれない。もうすぐ公開のマイケル・ジャクソンの映画だって、そういう色んなの色んながあって、今なんだから。

ちなみにですが、私は、マクドナルドの『NEW HORIZON』を使ったPRはよかったと思う。

英語の教科書『NEW HORIZON』に登場する女性のキャラクター(エレン先生)がアニメ調のデザインで、萌え〜みたいな懐かしいネットの話題を掘り起こしたものだったけれど、教科書にリバイバルなんかないからさ、あれは楽しかった。私が中学生の頃の『NEW HORIZON』は、まだそういうデザインではなかったのだけれど。「萌え」と英語って『萌える英単語帳 もえたん』的に結構深い繋がりがあると言えなくもないからさ、どうでもいいけど。POPってイラストレーターのことを思い出したりしたよね。

んでさ、Diggy-MO'だけど、クランキーのCMの前後に急に彼の最近の仕事が公開されたりして、結果立て続けに彼が関わるコンテンツが公開されることになってるけど、こういうのって偶然じゃないんでしょ?私は業界のことなど何一つ知らないけれど、そうしたほうが話題が持続するだろうとか、そういうことを狙ってるんだよね、おそらく。

そう考えると、企業がPRとして率先してリバイバルすることも、悪いことばかりではない気もするが、日清食品やマクドナルドやロッテが、何か文化的に責任をとってくれるわけでもないのだから、恐ろしいことだなと、やっぱり思うよね。

Diggy-MO'とかSOUL'd OUTって、みんな好きだよね。B'zみたいなものなんだと思う。B'zはダサい論争があったりもしたけど、そういうのってどうでもいいよね。みんなの記憶に長く残る作家が、すごい作家なんだから。

でも、この先私たちの世代って、歳をとっていって、何を記憶に残して、何を懐かしいと思っていくのか、うまく想像できない。なんてことを、SNSの懐かしサブカルチャーPRたちを見て思ったりもする。勝手に。